瀬戸内国際芸術祭のベトナム人アーティスト、ディン・Q・レさんに聴く

 

ディン・Q・レさんは、1968年、ベトナム生まれ。10歳の時に米国へ移住し、アートを学んだ後、ニューヨーク近代美術館をはじめ、世界各地で展示を行ってきました。日本でも2015年、東京の森美術館で個展「明日への記憶」を開催しています。

 

瀬戸内国際芸術祭2019では、粟島で「ナイト&デイ(人生は続く)」「この家の貴女へ贈る花束」に加え、食プロジェクト「PhoUdon&COFFEE HOUSE」(作品番号は全てaw08)を展開しています。

 

それぞれの作品は、どのような意図で作られたのか? レさんに聞きました。

 

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※取材は2019年9月20日に行いました。

 

粟島で感じた美しさと悲しさ

ディン・Q・レ

粟島港近く

 

―レさんは瀬戸内国際芸術祭のため、粟島を通算4回、訪問したと伺いました。粟島の印象を教えてください。

レ:私が瀬戸内を初めて訪れたのは約15年前、直島でした。その時、島の美しさに驚嘆しました。

 

今回、粟島を含む他の島々を見て回る中で、改めて、これほど美しい場所が、静かなまま残されていることに驚いています。ベトナムの場合、多くのビーチはリゾート開発されていますから。

 

ただ、粟島を歩きながら、同時に悲しくもなりました。

かつて、この島では、子どもたちが走り回り、にぎやかだったと思います。しかし、人口減少によって、今は島の美しい家々の多くが、空き屋になっています。

新たな一歩を踏み出す人に花束を贈りたい

ディン・Q・レ

「この家の貴女へ贈る花束」

 

―「この家の貴女へ贈る花束」は、粟島の古民家にラグを敷き詰めた作品です。このような作品を作ろうと考えた意図は?

レ:私の母は、これまで米国に住んでいました。しかし、今年86歳になったことから、ベトナムで私と同居することになりました。

米国の母の家は、私も10歳から住んできた、思い入れのある場所です。しかし、家を引き払うにあたって、多くの思い出の品を後にしなければなりませんでした。

 

そんな折、粟島でアート制作のヒアリングをする中で、この家のご主人だった女性も、高齢のためケアホームに移ることになったと知りました。

 

彼女の姿が、私の母と重なりました。

 

住み慣れた家を離れるのは、とてもつらいことです。彼女の悲しみが、私にも想像できました。

 

でも、だからこそ、この家に喜びをもたらしたかった。「悲しまないで」と言いたかった。そう考えた時、色鮮やかなラグをこの家に持ってくることを思いつきました。

 

ディン・Q・レ

「この家の貴女へ贈る花束」。砂時計を模したお盆が置かれている

同時に、このラグは、彼女たちへ贈る花束でもあります。

 

齢を取ってから生活環境を変えるのは大変なことです。けれども、自ら決意し、ケアホームに入ったり、住み慣れた家を離れたりしようとする。これはある意味、とても勇敢な行為だと思います。

 

勇気をもって一歩を踏み出そうとする人へ、花束を贈りたい。そのため、作品のタイトルを「この家の貴女へ贈る花束」としました。

 

「この家の貴女へ贈る花束」を訪れる方には、ぜひ、家具や調度品にも目を向けてほしいと思います。この家に残っていたものを、私は整理して並べ直しました、それらは、この家と、住んできた人たちの時間を物語るものです。

 

ディン・Q・レ

制作中の様子

 

―ラグ制作にあたっては、ベトナムの衣料工場から出た端切れをリサイクルしたと伺いました。

レ:ベトナムは現在、世界の衣料産業のハブとなっています。実際、私たちが日本やアメリカで購入する服の多くは、ベトナム製ではないかと思います。

ただ、日本や米国で買えるベトナム製の服は、ベトナムでは買えません。そんな点を不思議に思い、ベトナムの衣料産業について調べたことがあります。

 

そこで分かったのが、衣料工場からは、大量のゴミが出ているということ。実際、Tシャツを1枚つくるのに使う布の15%ほどはゴミとなります。

 

ただ、このゴミの行方をさらに調べる中で、ベトナムでは、女性たちが捨てられた端切れをリサイクルして、家庭用ラグを作っていることを知りました。

 

実は、私の母も、このようなラグを作っていました。そうしたことが重なり、今回の作品制作を思い立ったのです。

今回使っているラグは、ベトナムの女性たちに作ってもらい、それを粟島で地元のボランティアの方々の力を借りてつなぎ合わせたものです。

 

―粟島では今回、「TARA」(aw03)などで、海洋環境問題をテーマにした展示が行われます。こちらも、環境問題への意識で、響き合うものがあるかと思います。

 

ベトナム・香川の食のコラボレーション「PhoUdon&COFFEE HOUSE」

ディン・Q・レ

「PhoUdon&COFFEE HOUSE」。フォーのスープの中にうどんの麺が入っている。いりこ飯もセットになっている

 

―続いて、「PhoUdon&COFFEE HOUSE」についてお伺いします。なぜ今回、ベトナムと香川の食のコラボレーションを考えたのでしょうか?

レ:人は、長く海外にいると、故郷を思い出させてくれる快い食べ物がほしくなると思います。

私の場合、それはベトナムの麺料理「フォー」です。あの香りがすると、ついお店に寄りたくなる。

 

ところが以前、東京に数カ月滞在していた際のことです。偶然うどんを食べて、味は必ずしも「フォー」に似ていないにも関わらず、「これこそ自分が求めていたものだ」と感じました。

そして今回、瀬戸内国際芸術祭に来ることになり、うどんが香川県の名物だと知ったのは、嬉しい驚きでした。

 

ただ、日本で入手できる「フォー」の乾燥麺では、生麺の味わいは出せない。なので、地元で手に入るうどんの麺を「フォー」を融合させるのは、ロジカルな結果でした。

 

ディン・Q・レ

生活研究グループの皆さん

 

―今回の「PhoUdon&COFFEE HOUSE」は、三豊市の生活研究グループと一緒に取り組んでいますね。

レ:彼女たちは好奇心をもって、とても熱心に取り組んでくれました。

地元の方々と一緒に取り組む中で感じたのが、この地域にボランティア文化が根付いていることのすばらしさです。残念ながらベトナムでは、人々は仕事や家事で忙しく、ボランティアに参加する機会は多くありません。

 

瀬戸内国際芸術祭のようなアートフェスティバルは、地域の人々がコミュニティとつながり、かつ自らの創造性を発揮できる、すばらしい機会になっていると思います。

瀬戸内国際芸術祭は今、世界的に有名ですが、外国から瀬戸内に訪れる人が求めているのは、単なるアートではないと思います。彼らは、コミュニティとアートの関わり方の新たなモデルを探しているのではないかと思います。

 

―美術館と粟島のような地域での展示では、どのような違いを感じますか?

レ:美術館での展示の場合、他所でつくったアートを会場に運び込むだけ、という形になりがちかもしれません。でも、ここでは、地域について学び、地元の人と関わりながら、作品を制作しました。それによって、より作品がローカライズされ、この地で生き始めたように感じています。

 

私は20年間、アーティストとして活動していますが、「アーティストであるとは、どういうことなのか」を常に問い続けてきました。その意味でも、瀬戸内国際芸術祭は、私にとってすばらしい機会になりました。

 

お化けが出るかも?「ナイト&デイ」(人生は続く)

ディン・Q・レ

「ナイト&デイ(人生は続く)」

 

―「ナイト&デイ(人生は続く)」についても教えてください。

レ:私たちは、人が住まなくなった家は「死んだ家」だと思いがちです。でも、実際には、猫やねずみが住み着いて、新たな命を帯びることがあります。

 

粟島で空き家を見ながら、私には「人間がいなくなった後の家はどうなるのだろう」という疑問がわきました。ただし、実際には、人間が入ってくると、動物たちは逃げてしまいます。

そのため、私は監視カメラを居間などに仕掛け、人間がいない時に、家の中で起きていることを映し出そうと思いました。

 

カメラは8つありますが、4つのカメラは現在の映像、残りの4つは12時間前の映像を映し出しています。

もっとも、カメラに何が映るか、私にもわかりません。何も映らないかもしれないし、あるいはお化けが出るかもしれません(笑)。

 

ディン・Q・レ

空き家に住み着いた猫

 

―ベトナムは現在、若者人口が多く、過疎化が進み空き家が増えている日本とは雰囲気が異なるのではと思うのですが。

もちろん、ベトナムには現在、若者が多くいます。ただ、若者が仕事を求めて大都市に出ていき、老人たちが地方に取り残されている状況は同じです。日本ほど急速ではありませんが、そうした変化は徐々に進んでいます。

 

粟島とベトナムで似ている部分もあると思います。今後も、互いに経験を共有し、学び合えればと思っています。

 

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レさんはインタビュー時、「今日、日本はベトナムの最大の投資国になっています。日本で勉強したり働いたりしているベトナム人も多いほか、逆に日本からも、サイゴンやハノイで素敵なレストランをオープンする方が増えています」と、両国のつながりを強調しました。

遠いようで近い国、ベトナム。レさんの作品を見ながら、今後の両国の関係に思いをはせてみてもよいかもしれませんね。